2005年05月28日

短説作品「昇る」

   昇る

               水南 森

 ホームで女はベビーカーを持ち上げた。そ
して階段を昇りはじめる。声が聞こえた。
 母は強しよね。
 振り返ると、やはりベビーカーを持ち上げ
て昇ってくる女性がいた。
 うちはコウちゃん、コウイチくん。よろし
く。あらっ、女の子ね。
 ノゾミちゃん。希望の望よ。
 ねぇ、あなた、バツイチでしょう。
 どうして。
 後ろ姿を見れば。わたしも、だけどね。
 踊り場で男がベビーカーを下ろして、腰に
手を当てている。二人は男を追い抜いた。男
は赤ん坊を抱いて歩きだした。
 お仕事は何をしてるの。
 階段の壁にはスプレーの落書き。足元に転
がるベビーカーを避けながら、女が尋ねた。
 この子を預けてる時間だけ、ヘルパーやっ
てるの。
 大変ね。預けるお金でパート代消えちゃう
でしょう。
 ベビーカーを二人で持つ男女が、追い抜い
ていった。
 でも、今のところは慰謝料をもらえてるか
ら、まぁなんとか。
 いいわね。うちはわたしが原因だから。
 階段の両脇には、赤ん坊を抱いて座り込む
女や男達。あちこちで、赤ん坊が泣いている。
 崩れてこないかしら。
 女は先を見上げて言った。
 足の踏み場がないわね。
 積み重なるベビーカーで階段が見えない。
 下から、悲鳴が聞こえてきた。
 まだまだ、先よね。
 二人もベビーカーを下ろした。コウイチと
ノゾミを抱いて、また昇りはじめた。
posted by 水南森 at 03:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 短説作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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