2005年07月04日

短説作品「サンショウウオ」

   サンショウウオ

               水南 森

 朱の鳥居を潜りながら、老人が言った。
 弁財天は、水のそばにばかりある。
 あら、そうですか。
 老婦人が答える。その横を、少年がすり抜
けて洞窟に入って行った。
 厳島も、銭洗弁天様も。ほらっ、足元に気
をつけなさい。
 老人が手を引いて、二人も洞窟に入った。
 弁天窟の中は、供えられた多くの蝋燭で照
らされている。さっきの少年の姿はない。二
人だけだ。
 供えてみるか。
 いまさら、何の願い事もありませんよ。
 二人は手をつないで、歩いていく。
 十六童子、数えてみようか。
 壁面には、童子の姿が刻まれている。
 やめてください。一人足りない、とか言っ
て、私を怖がらせるんでしょう。
 岩肌の窪みに、親指ほどの木彫りの弁天像
があった。さらに奥深く進むと、小さな弁天
像が六つ、八つと増えていく。
 おい、弁天様に囲まれたみたいだぞ。
 見渡すと、四方の壁に弁天像がびっしり置
かれている。
 行きましょう。
 老婦人が手を引いて、二人はさらに奥へと
進んだ。
 二人の足が止まった。
 少年がいた。両手を合わせて拝んでいる。
壁だけではなく、地面にも足の踏み場を残し
て弁天像が敷きつめられていた。その中央に
少年は立っている。
 少年は走り去った。
 二人は洞窟を出た。
 拡がる池にそって歩くと、向こうには弁天
堂がある。
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2005年06月27日

短説作品「無器用な天使達」

   無器用な天使達

               水南 森

 ダイブツジロウって、鎌倉の大仏に因んだ
ペンネームなのか。
 オサラギと読むのよ。
 言いながら、少女は周りを見渡した。川端
康成の原稿の前に立つ女性たちが笑っている。
 少女は青年の手を引いて、隣の展示室に移
った。
 テツって何も知らないのね。明治の頃の鎌
倉は、作家が大勢集まっていて凄かったんだ
から。住んでいた作家もいたけど、萩原朔太
郎みたいに、滞在しにくる人達もいたの。
 アキっ、庭のバラ見にいかねーか。
 ほら、島崎藤村の原稿よ。普通じゃ観れな
いんだから。
 花とかさー、そういうの見ようぜ。
 じゃあ、一人で行ってて。わたし、全部観
てからいく。あっ、これ凄いわ。
 少女は身を乗り出して、ガラスケースを覗
き込んだ。
 かげろふ日記残闕。堀辰雄の百日法要の時
に多恵子夫人が贈ったの。百部作ったかどう
かっていう堀辰雄の手書き未公開資料集なの
よ。中は観れないのかしら。
 ガラス割って、表紙を捲れば、見れるよ。
 あっ、こっちは無器用な天使の原稿だわ。
堀辰雄の幻の処女作。
 ブキヨウって、こういう字だっけ。
 言われて、少女はガラスに顔を近づけた。
 堀辰雄の方が、よっぽどブキヨウだな。ほ
ら、バラ見に行こう、バラ。
 青年が少女の手を引っ張った。二人は人の
間を足早にぬっていく。
 ねえ、テツって、花好きだった。
 菜の花とか、菊とか好きだよ。
 それって食べられるのばっかじゃん。
 バラだって食えるんだぜ。
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2005年06月07日

短説作品「狐の嫁入り」

   狐の嫁入り

               水南 森

 鶴岡八幡宮の鳥居横。新郎新婦を乗せた人
力車が過ぎていく。
 降り出さなければいいわね。
 ディパックを背負った女性が、空を見上げ
て言った。
 狐の嫁入りになっちゃうものね。
 となりの女性も、空を見る。
 ねぇ、短説のネタ、見つかった。
 探題会なのにね。つい景色に見入って、忘
れちゃうわ。
 先の方を車が横切っていく。人力車が止ま
った。後ろに一人乗りの人力車が連なって、
渋滞していく。
 土産物屋から出てきた若い男女が、人力車
を見つけた。男が指を指した。
 スゲー、勇気アンナー。お前もやってみる
か。
 えーっ。でも、ちょっといいかな。
 文金高島田っていうんだろ。あれ。
 何言ってんの。
 女は三台目の人力車を見ていた。車夫が女
性だった。
 二人の様子を見ていたディパックの女性が
となりの女性に声をかけた。
 わたし、一つ見つけたわ。
 なに、同じネタは嫌よ。比べられちゃう。
 人力車の列が動き出した。
 オイ、雨っぽくないか。ホラ。
 若い男が左腕の水滴を見せた。
 ビルの冷房じゃないの。
 若い男女が歩きだした。
 二人の女性も歩きだす。
 土産物屋の玄関先で、少女が植木鉢に水を
やっていた。何も植えられていない土の上に、
ガラスの花嫁花婿の人形が立っている。少女
の如雨露から、水が降りかかっていた。 
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2005年05月28日

短説作品「昇る」

   昇る

               水南 森

 ホームで女はベビーカーを持ち上げた。そ
して階段を昇りはじめる。声が聞こえた。
 母は強しよね。
 振り返ると、やはりベビーカーを持ち上げ
て昇ってくる女性がいた。
 うちはコウちゃん、コウイチくん。よろし
く。あらっ、女の子ね。
 ノゾミちゃん。希望の望よ。
 ねぇ、あなた、バツイチでしょう。
 どうして。
 後ろ姿を見れば。わたしも、だけどね。
 踊り場で男がベビーカーを下ろして、腰に
手を当てている。二人は男を追い抜いた。男
は赤ん坊を抱いて歩きだした。
 お仕事は何をしてるの。
 階段の壁にはスプレーの落書き。足元に転
がるベビーカーを避けながら、女が尋ねた。
 この子を預けてる時間だけ、ヘルパーやっ
てるの。
 大変ね。預けるお金でパート代消えちゃう
でしょう。
 ベビーカーを二人で持つ男女が、追い抜い
ていった。
 でも、今のところは慰謝料をもらえてるか
ら、まぁなんとか。
 いいわね。うちはわたしが原因だから。
 階段の両脇には、赤ん坊を抱いて座り込む
女や男達。あちこちで、赤ん坊が泣いている。
 崩れてこないかしら。
 女は先を見上げて言った。
 足の踏み場がないわね。
 積み重なるベビーカーで階段が見えない。
 下から、悲鳴が聞こえてきた。
 まだまだ、先よね。
 二人もベビーカーを下ろした。コウイチと
ノゾミを抱いて、また昇りはじめた。
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2005年05月24日

私の短説「切り取る覚悟」

私の短説は、たとえば写真や俳句のように、場面を切り取るものでありたいと思う。
昨日横浜高島屋に報道カメラマン沢田教一の展示を観に行った。沢田の作品で1966年度ピュリッツアー賞を受賞した「安全への逃避」は、私に今のような短説のスタイルを生み出させたきっかけの一つである。小説は映画のように、ドラマやストーリーを持って時間の流れを使って私たちに何かを伝える。それなら短説は場面を切り取る一枚の写真のようでありたい。長編の反戦映画に勝るとも劣らない存在感を「安全への逃避」が持っているように。
あらためて「安全への逃避」と対峙して、私は左の少年と手前の女性の眼差しにとらえられた。二人は明らかにカメラを構える沢田を見ている。それは信頼の眼差しではない。おそらく「写真を撮る暇があったら、助けてくれ!」という懇願や、「何を撮ってるんだ!」という非難の視線であろう。後日談として、沢田が撮影後にこの親子達の安全への逃避に手を貸し、その事実に親子が感謝していたという話が伝わっている。それはおそらく事実だ。しかし、写真はそれを写していない。この写真は当時世界中のメディアに配信され、沢田は世界中の人々に、自分を非難する親子の視線を見せたのである。
同様のことは、写真という、切り取る行為には宿命的についてまわる。ロバート・キャパは傷を負った兵士にカメラを向けたときに、「写真屋! どんな気で写真がとれるんだ!」と非難をされている。ケビン・カーターは1994年度ピュリッツアー賞の「ハゲワシと少女」に対して、世界中から強い非難を浴びた。「写真を撮る暇があったら、少女を助けるべきだ!」と。カーターはやはり、撮影後に少女を助けたらしい。しかし、それは切り取られた場面には当然写ってはいない。カーターはついに自殺に追い込まれた。
小説なら時間の推移によって、「撮影後、少女や家族を救いました」と書き加えることが出来るだろう。そんなことをして名作が生まれるかどうかは別にして、小説には可能なことだ。しかし、写真はそれを許さない。
短説は、写真のように切り取るものなのだと思う。つまり短説もまた、「切り取る覚悟」によらなければ成立しないものなのである。
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2005年05月20日

短説作品「壊れもの」

   壊れもの

               水南 森

 地球儀のへこみに指で触れた。
 オイ、妙子。
 男はそこを押さえたまま、大きな声をあげ
た。
 どうしたの、あなた。実優が起きちゃうじ
ゃない。
 女が、赤ん坊を抱いて入ってきた。そして、
夫の指先を見た。
 あぁ、ごめんなさい。言おうと思ってたん
だけど。掃除していて、落ちちゃったの。
 落ちたんじゃなくて、落としたんだろう。
 わざとじゃないもの。
 赤ん坊が泣きだした。
 ヨシヨシ、泣かなくていいのよ。実優ちゃ
んのパパは、怖いパパよね。
 男は、妻の腕から赤ん坊をとった。
 故意でなくても人為的に落ちたのなら、落
としたというんだよ。実優なら分かるね。
 赤ん坊は泣き止まない。今度は女が赤ん坊
を奪った。
 ママも実優も、パパの生徒じゃないものね。
家族なのにね。
 男がふたたび実優を抱いた。
 ヨシヨシ、もう、あっちのお部屋にお行き。
パパは、期末テストの問題を作らないといけ
ないから。
 男は妻の手に赤ん坊を渡した。女は赤ん坊
を抱いて部屋を出た。
 椅子に座って、男は地球儀を回した。クル
クルと回った。男は机の上の世界史の教科書
を開いた。付箋が貼られていて、聖バルテル
ミーの虐殺と書かれている。そのページを押
さえたまま、男は本棚に右手を伸ばした。
 肘が、地球儀に当たった。
 地球儀は床で一度跳ねると、台座が外れた。
 一つの球体が、転がって行った。
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2005年05月16日

短説作品「橋の上」

   橋の上

               水南 森

 欄干を二羽の鳩が歩いている。先を行く鳩
は背の羽毛が禿げていた。頭を下げ、ときお
り脚をとられそうにる。後ろの鳩は頭を上げ、
首回りの羽根を膨らませていた。そして一歩
ごとに、前の鳩の背を嘴で突ついていた。
 事故渋滞よね。誰か死んじゃったかしら。
 助手席で、少女がいった。
 かもしれないな。
 男がこたえた。
 二人が乗った車は橋の中程で止まっていた。
前方から二羽の鳩が近づいてきた。
 あっ、助けなくちゃ。
 おい、ドア開けるな。動き出すぞ。
 車は三台分動いた。
 少女は窓を開けて、振り返って鳩を見た。
 先頭の鳩が欄干から橋に落ちた。後ろの鳩
も後を追う。何歩か歩いて、先頭の鳩はまた
欄干に飛び乗った。後ろの鳩も飛び乗って、
突っつきを続ける。
 どこへ行くのかしら。
 少女は窓を閉めた。
 どこに行きたい。
 違うわ、あの鳩よ。欄干の端まで行ったら
次はどこに行くと思う。
 新しい橋を見つけるんだろ。
 車はまた動いて止まった。少女はサイドミ
ラーを見た。
 いなくなっちゃった。
 対向車線を、バスが通っていく。
 風船よ。
 少女は河原を見ていた。赤い風船だ。
 糸が引っかかってるのね。お空に行けない
んだわ。
 見ろよ。
 男が顎で、前方を指した。
 欄干の上を二羽の鳩が歩いてきていた。
posted by 水南森 at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 短説作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月14日

短説作品「イナゴ」

   イナゴ

               水南 森

 ヤモリに羽根と後ろ右脚を喰われて、イナ
ゴは稲の向こう側にまわった。青く伸びた葉
が、イナゴの身体を隠す。
 足音が聞こえた。ヤモリは草むらに消えた。
麦わら帽子の男と女が、畦道に並んで座った。
 イナゴは口を左右に開き、間に稲の葉を挟
んで食べ始めた。
 男は女の肩を引き寄せた。
 やだ、人に見られたら。
 俺がついてる。誰にも何も言わせん。
 二人は唇を合わせた。
 一枚の葉を食べきって、イナゴは複眼で上
の葉を見た。跳ねてみたが、バランスを崩し
て横向きに落ちた。茎にしがみついたが、身
体はあがっていかない。イナゴは地面に降り
て、上の葉に向かって首をグーッと伸ばした。
身体が大きくなった。口が葉をつかまえると
イナゴは咀嚼をはじめた。
 男は女のブラウスの中に手を入れていた。
 イナゴはさらに上の葉を見た。今度は、稲
の方がグゥーンと伸びた。イナゴも大きくな
る。そして追いついた口が葉を挟んだ。
 仰向けになった女に、男が重なっている。
 まぶしいよ。
 目、つぶってたらえぇ。
 イナゴは左側の茂みにヤモリを見つけた。
くわえて持ち上げると、千切れて下半身だけ
になったヤモリが落ちた。イナゴの複眼に太
陽が並んで映る。イナゴは口に残った肉を噛
んだ。何度も噛んで、身体はさらに大きくな
っていく。
 お父さん、ミチヒコじゃダメだって。働き
もせんで。
 世界が壊れたって、守ってやるさ。
 イナゴが見下ろすと、複眼の一つひとつに
抱き合う男と女が映った。
posted by 水南森 at 04:54| Comment(0) | TrackBack(2) | 短説作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月11日

短説作品「放課後」

   放課後

               水南 森

 女生徒達が出てきて、校門の前に集まった。
県立宇根津中央高等学校という文字が、後ろ
に見え隠れしている。
 彼女達は持っていたスポーツバッグを、ア
スファルトの上に置いた。
 男子生徒達が、横を通りすぎていく。
 女子生徒達はブレザーの制服の中に手を入
れて、スカートを引き上げた。太股があらわ
になっていく。スパッツが見える女子もいる。
最後に胸元の赤いリボンを結び直した者から、
鞄を持って歩きだしていった。
 男子のところに走っていって、隣を歩く生
徒がいる。女同士で手を繋ぐ生徒達もいた。
高校生達は、桜並木に沿って遠ざかっていく。
 校門前には次々と、制服を直す女子がやっ
て来る。右手でスカートの裾を上げながら、
左手で携帯メールを打つ者もいた。そして服
を直し終えると、立ち去っていく。
 一人の女子が、置いたスポーツバッグを開
いた。バッグの持ち手に付いている、キティ
ーのぬいぐるみが揺れた。
 彼女は男子の制服のズボンを出すと、スカ
ートの中に履いた。そしてスカートを脱いで、
バッグに仕舞う。
 ベルトを通していると、男子生徒に後ろか
ら頭を叩かれた。
 あかね、バーイ。
 バーイ。
 手を振った。
 ブレザーも脱ぎ、リボンも解いて、ネクタ
イを手にした。エンジと紺のストライプ。
 ネクタイはブラウスの襟の下を通って、結
ばれる。首を左右に振った。
 女生徒は男子のブレザーを着て、バッグを
右肩に背負った。
 ポケットに手を入れて、歩きだした。
posted by 水南森 at 01:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 短説作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月08日

短説作品「お婆の納豆」

   お婆の納豆

               水南 森

 二人が発泡スチロールの箱を開けると、匂
いがした。
 おばぁちゃん、凄い。ミカ、納豆って買っ
てくるもんだと思ってた。
 真ん中に置かれた鉢に、大豆が盛られてい
る。それを覆っているラップを持ち上げると、
大豆からラップに糸が引いた。
 冷めんうち、ペットボトル入れ替えんと。
 ちょっと待って。温度は、三十八度ね。
 少女は箱の中の温度計を確認して、ノート
に記録した。お婆は箱の中の四隅に置かれた
ペットボトルの一本を取り出した。中身を流
して魔法瓶の湯を入れる。ペットボトルを戻
すと、温度計の温度が四十三度まで上がった。
 ミカは、箱を閉じようとした。
 タネ出さんと。
 お婆の声に、少女は手を止めた。
 入れっ放すと、臭いがきつぅなる。
 そう言うと、お婆は鉢の中から箸で黒ずん
だ豆を四粒取り出して、口に入れた。
 タネ豆、無くなっちゃっていいの。
 次作る時ゃ、こん中の豆がタネんなる。
 お婆は、鉢の中を指さした。
 柏に帰る時、ミカも貰っていっていい。お
家で、ママと作るの。
 お店で納豆買っても、タネんなる。
 ううん。ミカ、おばぁちゃんの納豆がいい
な。さっきのタネ豆は、その前のタネ豆から
糸を引いてきて、そのタネ豆はそのまた前の
タネ豆から糸を引いてきたんでしょ。
 ミカはノートを閉じた。表紙には、夏休み
研究ノートと書かれていた。
 時々お湯を入れ替えて、夜になれば完成ね。
 冷蔵庫に寝かせんと、美味くない。食べる
んは、朝んなってからな。
 お婆の話を聞きながら、少女は箱を閉めた。
posted by 水南森 at 12:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 短説作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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